1960年代末女子中学生アート
Posted by fische on 02/20 at 06:09 AM
(0) Comments •
Permalink
11日の15時から17時は、稔り多き2時間だった。予定外のハロとの遭遇で、ほかのことがらがかすんだ感なきにしもあらずだが、きょうはそのもうひとつの話題。
私が通った中学校の校庭周囲のグリーンベルトに石膏製のオブジェがある。美術部の先輩で部長だった宮崎さんの作品を、美術部員(私も)が制作したもの。もとは3つ1組で、弧の内側の球形が、上側、横側、下側にそれぞれ位置する。宮崎さんによる最初の模型は、弧がもっと鋭利で三日月のようだった記憶がある。大きなオブジェも3つ作ってグリーンベルトに置いたが、現在はひとつしか残っていない。上側と横側に球形のあるものが失われていることになる。定かではないが、‘69年か‘70年の卒業記念だったとすれば、宮崎さんは1960年代末にこのオブジェを構想したことになる。ひとことで言えば、「1960年代末の女子中学生アート」。ちょっとすごい。何を象徴していたのだろう。顧問は吉川隆先生。
ore nest
Posted by fische on 02/19 at 12:45 PM
(0) Comments •
Permalink
ore nest は、これまでこのブログだけでしたが、このたびようやくメインページ―たいしたものではありませんが―をつくり、統合しました。これからもよろしくお願いします。
〔承前〕戦前昭和にも。
Posted by fische on 02/18 at 04:30 AM
(0) Comments •
Permalink
帝冠様式もバス停の前の日常だった。出来て30年ほどの頃のこと。市役所の方が好きだった。
ただいまはそれより長い時間がも過ぎ、この間ここは、交渉にゆく場となり、さらに職場になったりもした。
江戸時代に居た。
Posted by fische on 02/17 at 02:16 AM
(0) Comments •
Permalink
この石垣を眺めながら中学校に通った。3年間、江戸時代のなかに居たことをいまあらためて知る。正確には江戸時代の遺跡だが、そのようにして考えてゆくと、みな何らかのかたちで、明治・大正、江戸時代は無論のこと、古墳時代や縄文時代でさえもが身のまわりにあり、そのなかに居ると言える。石垣などは顕示的だからわかりやすいが、ナントカ新田だったりすると、立っている地面がそれだからほとんど暗示的となる。風景は累積的、重層的だということを、長久手の「首塚」をたずねたときふと思ったが、ここでもまた思うことになる。もちろん、そのように思われなければ、風景は累積的、重層的とはならず、単に昭和のあるいは平成の平たい一シーンに過ぎない。だから、古きも新しきも分節化されることなく渾然一体となりぼくたちを規定している、とぼくは思うのだ。
Archives
Categories
Stats
- Viewed 18024082 times
- Rendered in 0.4380 seconds